明日死ぬかもしれない。

私たちはどれだけ毎日を

全力で生きているだろうか。

 

 

「明日死ぬかもしれない。」

 

 

この言葉を真剣に考えたことは

ありますか?

 

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全力で生きているつもり。

 

まさにこの言葉は

今の私に当てはまる言葉でした。

 

 

 

身内や身近な友人

そして家族が「死」に直面する場面に

立ち会ったことはありますか?

 

 

 

お葬式やお通夜で

人の死を感じることはあるかもしれません。

 

 

その瞬間

 

あなたは「生」について

どこまで考えることができているでしょうか?

 

 

 

 

そして「死」が急に迫られた

その瞬間、

「生」についてどれほどの重み

噛み締めることができるでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

日々の生活の中で

人は「死」を感じながら生きることは

なかなかありません。

 

 

言葉ではわかっていても

「感情レベル」で感じることって

そうそう多くないのではないでしょうか?

 

 

 

 

私もね、その立場の人間でした。

 

 

 

 

後悔しないように生きよう、とか。

自分に正直に生きよう、とか。

 

 

その意味も、わかってはいる。

 

 

 

だけど

感じ方って、どれくらいのレベルで

自分は思っているのか。

 

 

 

 

明日も自分も家族も

生きている保証を勝手に作り出しているから

 

 

人は

簡単に愚痴も出る。文句も出る。

 

 

そして

相手が変わることを望み、

自分が変わることを後回しにする。

 

 

 

でもね

明日生きている保証って誰が決めてるの。

 

 

 

 

 

 

 

このままでも十分幸せ。

 

ねえ、

それって本当ですか?

 

 

 

 

小さな悩み

小さな違和感

小さなモヤモヤ

 

 

 

それを全て「幸せ」に変える努力をしてこそ

私は「全力で生きること」だと思うのです。

 

 

 

命途絶える瞬間に

「こんな悩みを抱え、こんな自分で死ねるのか」

と思いたくない。

 

 

「悩みも幸せに変えることが出来た自分が好きだ」

「自分が大好きだ」

そう思って人生を遂げたいじゃないですか。

 

 

 

日常のやるべきことに追われ

家事に追われ

好きでもない仕事に追われ

気がつけば「なんとなく」な人生で

自分の一生を終える

 

 

 

未来の自分で生きるとは

最高の死に方を考えること。

 

 

 

・毎日を全力で生きていくために

・毎日を楽しく生きていくために

 

 

あなたが

今すべきことは何か。

 

 

 

満足しきれていない毎日を

淡々と過ごすことでもなく

 

 

目の前の事柄だけに追われて

楽しくない仕事をすることでもなく

 

 

人の文句や愚痴ばかりを

吐き出すことでもなく

 

 

 

 

もっともっと

自分を好きになるところから

 

ではないのでしょうか。

 

 

 

 

 

私の使命

そんなお母さんや女性を増やすこと。

 

 

 

2月からの新講座の受講生には

「悔いのない人生を過ごしてもらいたい」

「命の時間、1分1秒に輝きを見出して欲しい」

 

 

いつ命が途絶えても

 

「私は全力で生きた!」

と思えるぐらいに自分を好きになってもらいたい。

 

 

そう思っています。

 

 

そんなお話しも含めて

個別お話し会ではあなたの未来の可能性を

お伝えしますね。

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